【ブックカバーチャレンジ】1日目
21の夏だったか、バイトあがりの深夜に先輩の家で飲むことになった。
先輩の家は私の大学の近くにあって、閑静な住宅街の中の木造アパートの1階だった。
職場では、無口だが男気があり熱血タイプの先輩は、私の目から見て、非の打ちどころのないスマートな先輩だった。その日までは。
「お邪魔します」
そう言って、築年数の積み重ねを感じる畳張りのワンルームの部屋にあがると、初めに目についたのは、古本と思われるちくま文庫の本が、ぎっしりと並んだ畳半分ほどの大きさの本棚だった。
本、読むんですね、と尋ねると、当たり前だろ、お前は読まないのか、と学生の身分でありながら勉強をさぼっていることで、親に対する気まずさを感じている私の気持ちを見透かすように突っ返された。
近所の24時間スーパーで買った缶ビールとつまみで、ささやかな宴会が始まり、お酒が進むと、先輩は饒舌になった。
俺は確かに親に仕送りしてもらってこんな生活しているけど、あまり偏差値の高くない大学に行ってるけど、親に恥ずかしくないように勉強はしてるよ。勉強してないヤツって恥ずかしくないのかな。俺は前から思ってたけど、頭はいいけど勉強してないヤツって人を馬鹿にしてるよな。お前もそうだろ?お前ってなんだかラスコーリニコフみたいだなって思ってたんだよ。罪と罰くらい読んでるだろ?
そのとき、私はいわゆる古典的小説とよばれる作品群は読みかじる程度で、真剣に向き合ったことなどなかった。そして先輩がなにをもって私をラスコーリニコフと見なしたのかとても知りたくなった。
何気ない日常のなかでの僅かな時間の出来事ではあったが、あとから振り返ると、私の20代の生き方はこの時の先輩との対話によって、何倍にも豊かになった。
その後、先輩は自らバイト先全員との連絡を絶ち、今では消息は知れないが、私は先輩への感謝を忘れたことはない。